<上尾夏祭り>
氷川鍬神社の例大祭として毎年、7月15日に行われていましたが、現在では、7月14日に近い土曜日と日曜日の二日間、上尾駅周辺を中心に行われています。中山道沿いには400を超える露天や出店が所狭しと軒を並べ、多くの人出で賑わいを見せます。
二日目の夜、駅ロータリーに威勢よく担ぎこまれる神輿とお囃子の音を響かせて引き回される山車とのコンビネーションは絶妙で、駅からアリコベールまるひろ≠ノつづく歩道橋から一望する眺めは圧巻です。
祭りの第一日目は、子ども会との連繋で八町内会毎に、子ども神輿と山車とで町内の方々に挨拶回り(町内渡御)をします。子どもからお年寄りまで、みんなが健康で祭りを祝えることに感謝し、又、これからも健康であることを祈念して。
「祇園まつり」「天王様」とも呼ばれ、悪疫退散、,豊作などの願いから生まれた祭りですが、一年が夏祭りで始まり夏祭りで終わるという活きのいい若衆やお囃子、山車、そして、中心となる町内会の方々の熱い思いが熱い祭りにしてくれているのです。まさに、市を挙げての一大イベントと言えるでしょう。
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<平方のどろいんきょ>
平方の上宿地区で毎年七月下旬行われる祭り「どろいんきょ」は、上半身裸になった若い衆がいんきょ御輿≠ニ呼ばれる白木造りの御輿を、どろどろになった民家(神興所)の庭にひっくり返し、水を掛けながら「ソレソレ」の掛け声も勇ましくもみあいます。佳境に入って、荒川の川に担ぎ込まれることもあります。先々には、いんきょ≠守り激励するように、歌舞伎役者に扮した若衆を乗せ、お囃子を高鳴らせた山車が通りを巡ります。
平方河岸の繁栄を背景に1871年(明治23年)、船頭衆らに荒々しく担がれた神輿が、いんきょ御輿≠ニして泥にまみれたのが始まりのようです。1923
年(大正12年)まで四地区(南・下宿・上宿・新田)合同で行われていましたが、一旦姿を消し、1973年(昭和48年)、上宿地区の若い衆の声掛けで復活しました。
荒川への感謝と祈り(水神信仰)とも重ね合せ、人もいんきょ≠燗Dだらけになって豊年満作、悪疫退散を祈る祭り。
傍らで、汚れないよう気ずかいながら見ているうちに、そんな気ずかいを忘れてしまう。自然とひとつに溶け合うことの醍醐味を泥と水と一体となった担ぎ手たちにから教えられる。そんな幽玄なお祭りです。
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<あげお花火大会>
8月上旬、荒川河川敷で夜空を彩る花火大会は、昭和30年前後に行われていた平方の花火大会が平成6年「あげお平方花火大会」として復活し、その翌年「あげお花火大会」と名称も新たに市の行事として開催されています。
単打・早打・連発と、夜空を美しく焦がす夏の風物誌は、平方の荒川河川敷やリバーサイド・フェニックスゴルフクラブ前を舞台に繰り広げられます。
近隣の人達も駆けつけ、終了後の開平橋(川越と上尾をつなぐ橋)は、渋滞の車で一杯になります。
スターマインや尺玉など数千発の華麗なパフォーマンスに嘆声しきり、です。
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