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『山崎武平治と聚正義塾』

 江戸時代のこと。上尾宿、中山道に亀屋≠ニいう旅籠がありました。

 その旅籠の主人、武平治はとても向学心のある人で、仲間を集め勉学にいそしんでいました。武平治の夢は、子どもたちの学校をつくることでした。
 ある時、一人の坊さんが弟子を連れこの宿を訪れました。雲室上人という学問にくわしい坊さんでした。「ぜひ、ここにとどまって、学校を開くために、力をお借しください。」との武平治のひたむきさに、雲室上人も心打たれ、その夢を共に分け合う決心をしました。旧暦七月八日のことです。

 旧天満宮跡(氷川鍬神社境内内)に建てることに決め、二人で草刈から始めました。上人自らも袈裟を脱ぎ草を刈る姿に、村人たちも感激したのでしょう。われもわれもと、手助けにやってきました。大工さんや左官屋さんも無料で働いてくれました。こうして九月の半ばには出来上がってしまったのです。

 この学校を、「しょう正義塾」と名づけ近隣の若者や子ども達を集め学問の楽しさ、大切さを伝えたのです。この義塾は、七十年近くも続いたということです。                          

 菅原道真公と朱文公をまつった二賢堂の碑は、まさに上尾郷≠フ名にふさわしい碑≠セといえるでしょう。